介護と仕事の両立日誌

障がいを持つ妻と子と共に生きる日々

遺言書作成のススメ~Vol.6の2~

2025-09-18 19:38:53
2025-09-18 19:54:15
目次

モデルケース⑥の2

 「不動産(自宅の土地建物)が主な遺産である」 

私が「遺言書を作成しておいたほうが良い」と考えるケースについて、連載第七回目は「配偶者居住権の制度を利用したい」ケースです。このことを理解するために、まずは配偶者居住権について説明いたします。

「配偶者居住権」について

 配偶者居住権とは、簡単に言うと、家の持ち主である被相続人(亡くなった方のことです)が亡くなった後も、その家に住んでいた配偶者が生涯(もしくは一定期間)引き続き無償でその家に住み続けることができる権利です。

 配偶者居住権が成立するためには、いくつかの要件があります。

 1つ目は、相続開始時(被相続人が亡くなったとき)に配偶者がその建物に居住していたことです。例えば、夫が所有している自宅に夫婦で住んでいる場合、妻は夫が亡くなったら出ていこうと考えていることはまれであり、介護等の問題がなければ自宅に住み続けたいと考えていることが一般的だと思います。配偶者居住権はこの期待を保護するための制度ですので、別荘などの居住していない建物に配偶者居住権は成立しません。

 2つ目は、被相続人が相続開始時にその建物を配偶者以外の者と共有していないことです。つまり、被相続人単独所有の建物か被相続人と配偶者の共有の建物にのみ配偶者居住権は成立します。配偶者による無償の居住を認めるということは、所有者はその建物を使用することができないこととなり、第三者が共有者の1人である場合に、その負担を強いることは相当でないからです。

 3つ目は、遺贈(遺言による贈与のことです)や遺産分割によって、配偶者に配偶者居住権を取得させたことです。つまり、配偶者居住権とは配偶者が望めば当然に認められる権利ではなく、遺言書に記すか、遺産分割協議で相続人全員の合意を得るか、裁判所による遺産分割の審判で認められる必要があります。

「配偶者居住権の制度を利用したい」ケースについて

 今回も具体的な事例で考えていきましょう。今回の事例は「遺言書作成のススメ~vol.6の1~」とほぼ同じです。亡くなったのはAさんで、妻のBさんと2人で暮らしていました。AさんにはBさんとの間に長男のCさんがいます。Aさんの遺産は自宅の土地建物(2,000万円相当)と預貯金(1,000万円)です。特別受益や寄与分等についてはないものとします。BさんはAさん亡き後も、Aさんとの思い出のつまった家に住み続けたいと思っており、さらに、生活のためにある程度の金銭も相続したいと思っています。しかし、自宅を相続するとそれだけで法定相続分を超えてしまうため、預貯金を相続できない可能性があります。そのため、Bさんは配偶者居住権の制度を利用したいと思っています。

 ここで、「配偶者居住権の設定された建物やその敷地の価値」や「配偶者居住権自体の価値」について説明いたします。具体的な計算方法は、国税庁のホームページに載っていますので、正確に知りたい方はそちらをご参考ください。簡単に説明すると、「配偶者居住権の設定された建物やその敷地」は配偶者居住権が存続している間は所有者が使用できないため、何も設定されていない不動産よりも価値が下がります。そして、その下がった分の価値が配偶者居住権の価値となります。例えば、Aさんの遺産である自宅(2,000万円相当)に配偶者居住権を設定した場合、配偶者居住権付きの自宅の価値が1,200万円、配偶者居住権の価値が800万円のようになります(金額は配偶者居住権の存続年数などの条件によって変わります)。

「遺言書を作成していない場合」

 このようなケースで遺言書を作成していない場合はどうなるでしょうか。法定相続人は妻Bさんと長男Cさんの2人です。法定相続分については、Aさんの遺産価値の合計が3,000万円ですので妻Bさんが1,500万円、長男Cさんが1,500万円です。

 この場合に、不動産は分割しにくいため遺産分割協議が上手くまとまらないおそれがあることは、「遺言書作成のススメ~vol.6の1~」でお話させていただきました。一見すると、配偶者居住権の制度を利用すれば、この問題は解決するように思えます。例えば、妻Bさんが配偶者居住権(800万円相当)と預貯金700万円を相続し、長男Cさんが配偶者居住権付きの自宅(1,200万円相当)と預貯金300万円を相続するように遺産分割協議で決めると金額上は公平に分割できます。

 しかし、配偶者居住権が存続している間、Cさんはその建物を使用することができませんし、配偶者居住権が設定されている不動産は事実上売却することができません。Cさんにとっては配偶者居住権を設定するメリットは全くないため、Cさんの合意を得ることは困難であると考えます。

「遺言書を作成している場合」

 それでは遺言書を作成している場合はどうでしょうか。

 「遺言書作成のススメ~vol.1~」の「遺言書を作成している場合」の記事でもご紹介していますが、遺言書があれば遺産分割協議を行う必要はありませんし、基本的には遺言書に記載したとおりに相続させることができます。

 今回の事例では、妻Bさんに配偶者居住権を取得させる旨の遺贈をすれば、金額上は公平にすることができ、遺留分(法律で定められた最低限の遺産取得分のこと)を侵害することもありませんので、遺留分侵害額請求をされる心配もありません。

 しかし、配偶者居住権にはデメリットもあると言われていますので、その点についても説明いたします。

 1つ目は、配偶者居住権は配偶者にのみ認められた権利であるため、その権利を譲渡・売却することはできないということです。例えば、配偶者が自宅そのものを相続した場合、高齢になって施設に入所するために自宅を売却してその資金にするようなケースがありますが、配偶者居住権は存続期間が残っていたとしてもお金に換えることはできません。

 2つ目は、配偶者居住権を第三者に対抗する(主張する)には、登記しなければならないということです。登記できることはメリットとも考えられますが、手続きが面倒ととらえる方も多いように思います。

 3つ目は、配偶者が認知症になって判断能力が不十分である場合、配偶者居住権が必要なくなったとしても、配偶者居住権の放棄をすることが難しいことです。この場合は成年後見制度を利用する必要があるため、時間と手間がかかります。

 配偶者居住権は令和2年4月1日から施行された制度であり、利用件数は年々増えているもののまだ一般的に広く利用されている制度ではありません。メリットとデメリットをよく考慮した上で、利用を検討していただけたらと思います。

 以上が、私が「配偶者居住権の制度を利用したい」ケースは遺言書を作成しておいたほうが良いと考える理由です。遺言書を作成するかどうか悩まれている方がいらっしゃいましたら参考にしていただけると幸いです。

今のご自分に遺言書作成が必要なのかを診断する質問票を当事務所で作りました。
ご活用いただけますと幸いです。

この記事を書いた人

なかむらしんご